高知大学総合診療部 | 適応課題解決人材育成プログラム

JOINT PROGRAM FOR ADAPTIVE LEADERSHIP DEVELOPMENT AND OUTREACH

困っている人を、
放っておけない。

それだけを貫いて、答えのない地域医療の最前線を18年。高知大学総合診療部 教授・もりざね先生の視座を、地域と経験を通して覗いてみませんか。

高知から「適応課題」を解決できる医師を育てる — JADO Project

物語を読む

質問箱

答えのない問いを、
投げてみる場所。

専門、地域、キャリア。正解のない問いを、一人で抱え込まなくていい。あなたの問いを、気軽に投げてみてください。ひとつずつお返事します。

? あなたの問いを、
投げてみる
LINEで気軽に質問

はじめに

“どこで診たいか”の、
その先へ。

田舎も、地方都市も、都会も。どの地域に惹かれるかは、人それぞれでいい。

ただ、その場所で本当に力を発揮できるかどうかは、「だれと、どう学んだか」で決まる。多くの人が後回しにしがちな問いこそ、いちばん効いてくる。

高知は、挑戦できる地域だ。そして、人が育つ環境と教育体制が、ここにある。あなたの行き先がどこであっても、その手前にひとつの選択肢を。

第一章 ── 島

定期船は、1日2本。

2011年、人口およそ150人の沖の島。本土への定期船は1日2本、片道1時間。もちろん、医師は自分一人だ。

自然と生きる島では、ぶつけた・切ったが日常で、素潜りの達人でも潜水病になる。自分という資源とそこにある機器で勝負する。重傷者は急遽チャーターした渡し船で送り出す。付き添うが、島から医師が消える時間が出る。「空になった島をどうするか」に応えるまでが、島の医療者の役割だ。

教科書に正解は載っていない。後に先生はこれを「適応課題」と呼ぶことになる。

沖の島の診療所から望む夕日
沖の島・診療所から望む夕日

18年の軌跡

正解のない場所を、
転々としてきた。

もりざね先生の18年の軌跡

012007

高知医療センター

初期臨床研修

出発点。幼いころ、自分を大事にしてくれた人たちの役に立ちたい。その想いから、医師の旅は始まった。

初期研修医時代の高知医療センター
初期研修医時代
022009

梼原病院

中山間地医療

雲の上の町、梼原へ。中山間地医療の入口に立つ。

大雪の梼原
記録的な大雪
032010

嶺北中央病院・大川村小松診療所

二拠点での医療

二つの拠点を行き来する日々。日本最少人口の村で医療に浸かる。

大川村への往診
往診に向かう
042011

沖の島へき地診療所

離島・物語の起点

第一章の島。人口150人、定期船は1日2本。何が起きても、医師はただ一人。

白衣を脱いで、この島の住民になれるか。なれなければ、孤独だけが残る。

沖の島を離れる日の見送り
島のお見送り
052013

馬路村立馬路診療所

中山間地

柚子の村、馬路へ。

プライマリケアの前に、まず一村人になる。小さな命を守るため、不在のときの安心まで自分で設計する。

馬路の家庭医道場
住民への健康教育
062014

東京ベイ・浦安市川医療センター

都市急性期

あえて都市の急性期へ。内科・救急集中治療の武器を増やしに行く。

072016〜

高知医療センター

県の中核病院

視界が県へ、そして日本へと広がったとき、見えてきたのは、総合医の不足、属人性、バックアップの不在という構造的な課題だった。

人の暮らし、家族、地域までを視野に入れて診る人が、全然足りない。

082025.9

高知大学 総合診療部 教授

現在地・灯台

旅の現在地。助ける人から、助ける人を生み出す人へ。

答えのない問いは、答えを出してからでは遅い。動きながら、人を診る力を次代へ紡いでいく。

第二章 ── 挫折 公開前に本人確認

凄腕の外科医に、
憧れていた。

学生のころ、憧れたのは、凄腕の外科医だった。一本のメスで、目の前の人を救いきる。あんなふうになれたら、と本気で思った。ひたすら腕を磨いた。なんでもできるようになりたい。できないことがあるのが、悔しくてたまらなかった。

その願いは、違う形で結実する。課された義務のもとでは、外科医としての腕を磨くには限界がある。赴く先々で、求められる役割を目いっぱい引き受ける。同期との差は広がっていく。外科医として活躍する医師像は変わっていった。「確かに挫折といえば、挫折ですよね」。当時は、その一言でしか飲み込めなかった。

そして、とある1年。たどり着いた赴任先は、人口150人の離島だった。差は開くばかりだ。どこにもぶつけようのない焦りを抱えたまま、その島に立っていた。

描いていた未来 いま立っている場所

(あくまで、当時のもりざね先生が感じていたこと)

第三章 ── 転機

「自分がいてもいなくても、
僕はここに住んでるんだよ」

それまでは「全部できないといけない」と、完全無欠を志していた。怪我も、内科も、救急も。だが島で聞いた。住民は、医師がいるからではなく、ここが好きだから住んでいる。医療者は「あったらいい」けれど、住む絶対条件ではないのかもしれない。そう思った時、肩の荷が下りた。

島は、そんなにせわしくない。朝は漁師と船に乗り、魚を捕る。日が昇れば動き、暮れたら眠る。大きな自然の摂理の中で、自分も動物として生きている。そう感じたとき、人生観が変わった。

島の行事には若い衆として加わり、島名物の落花生をつまみに干棚(ひだな)で語らう。「住民として生きる」ことを、医療者である手前に置いた。全部あることが、正しいわけではない。土地ごとに、必要な医療のサイズがある。「足るを知る」。

「医療はこうです」と押し付けず、住む人が欲するものを提供する。総合診療医としての考え方が、ここで変わった。20代・30代前半の自分は、本当に青かった。島のおじいちゃんおばあちゃんからすれば、手のひらの上でピヨピヨ。向こうの方が、よほど器が大きかった。

山あいを流れる川と集落
柚子の村・馬路村

第四章 ── 決断

現場の灯りから、灯台へ。

「困っている人に手を差し伸べないのが、臨床医として一番あってはならない姿勢だと思うんです」

でも現実には、「うちじゃない」「今日は専門の先生がいない」と返される医療がある。一人で何でも診られる総合医は、あまりに少ない。属人的に支え、疲弊しても替えがいない。これは個人の頑張りの問題ではなく、構造の問題だ。

先生自身、1年ごとに各地を移ってきた。去るたびに患者は振り回される。「去年はやってくれたのに、今年の先生はやらない」。自分が、その土地の医療をガタつかせていた。だから考えた。「自分がいなくなっても回る仕組みを、どう残すか」

2025年9月、もりざね先生は高知大学総合診療部の教授になった。最前線のひりつく現場でいる方が、自分は満たせたかもしれない。それでもそうしたのは、自分たちに出会わない患者さんの方が多いからだ。一人の医師やチームが救える人数には、限りがある。

育みたいのは、目の前の患者さんを、その人が生きる街ごと診ようとする医師だ。検査の数値の奥にいる、一人の人間を診られるか。その力こそ、これからの医療にいちばん必要だ。

助ける人から、助ける人を生み出す人へ。暗闇で進路に迷う船のために、灯台になることを決めた。

木陰で笑顔を見せるもりざね先生

呼びかけ ── 一人では、できない

だから、あなたの力を
貸してほしい。

もりざね先生の頭の中には、医師として生きてきた分の「正解のない問題の解き方」が詰まっている。着眼の順番、鑑別の捨て方、納得しない患者への問いかけ、縮みゆく地域で医療を再設計する思考。

それを、一人の頭の中で終わらせたくない。だから、一度、高知に来てほしい。ここで一緒に、地域医療の「適応課題」に挑んでほしい。

やりたいことは、人それぞれでいい。まずは小さな挑戦を、何度も繰り返す。一つ越えるごとに、その解き方は確かにあなたのものになっていく

そうして力をつけたら、あなたが思い描く場所で、存分に活躍してほしい

JADOは、そのための仕組みだ。

青空の下で笑う若手医師

PROGRAM

JADO Project

JADO(Joint Program for Adaptive Leadership Development and Outreach)は、「適応課題」を解決できる医師を育てる、高知大学総合診療部の育成プログラムです。

技術的課題

  • ガイドラインと知識で解ける
  • 正解が存在し、専門性で対処できる
  • 研修で標準的に学べる

適応課題

  • 価値観や行動の変容が必要
  • 正解がなく、地域の数だけ答えがある
  • 総合診療が解く地域課題は、これそのもの

活動例

AIもりざね育成プロジェクト

つくるのは、学生・研修医の相談相手になるチャット型AI「もりざねAI」。あいさつから始まり、やがて症例を一緒に考え、レベルが上がれば困難な事例に問いを返す。そんな相手へと育てていく。

育てるのは、学生・研修医自身。先生の診察に立ち会い、「なぜそう判断したのか」を問い、言葉にしてAIに実装する。「育てた者が、いちばん育つ」。言語化するうちに、総合診療医のものの見方が、自分の中に根づいていく。

ホワイトボードを囲んで議論する総合診療部のメンバー
総合診療部の日常

トランジット型(循環型)エコシステム

高知はハブであり、母港。

最短数ヶ月で、他地域へ。出ていくことを前提に、人も知見も循環させる。

卒業生(アルムナイ)ネットワーク 異業種・他分野との越境協働 テクノロジー 行政・地域づくり 教育・研究 輩出 還元 中山間地 離島 都市部 次の土地へ 高知大学総合診療部 ハブ・母港 卒業生(アルムナイ)ネットワーク 中山間地 離島 輩出 還元 高知大学総合診療部 ハブ・母港 都市部 次の土地へ 異業種・他分野との越境協働 テクノロジー 行政・地域づくり 教育・研究
循環型トランジット・パス

長期の土着は、前提にしない。最短数ヶ月〜1年の圧縮プログラムで力をつけ、次の地域へ。ここは、通過していい場所だ。

アルムナイ(卒業生)ネットワーク

ここを巣立った仲間は、全国の現場で活躍する。その知見と次の世代が、またハブ(高知)へ還ってくる。卒業しても、つながりは続く。

他分野協働による適応課題解決網

医療の中だけには、閉じない。異業種・他分野と越境して交わり、ともに課題へ挑む。それが、ここでは当たり前だ。

MEMBERS

この場所を、つくる人たち。

高知大学総合診療部のメンバーです。

盛實篤史 先生

盛實篤史 先生

教授・総合診療部

2007年卒

多様な専門性と志を持つメンバーの葛藤を受け止め、共に試行錯誤する圧倒的な器。自らも総合診療の枠を越え、常にアップデートを続けるトップランナー。

小島康司 先生

小島康司 先生

消化器内科医

拡大内視鏡のスペシャリスト・脳腸相関疾患の臨床家 / 2011年卒

「異常なし」と言われる苦しみを終わらせたい。心と身体を切り離してきた医療OSを超え、IBS治療の新しいスタンダードをつくるという適応課題に挑戦している。

西山直希 先生

西山直希 先生

プログラム1期生

2024年卒

地域を整えたいという想いを体現すべく、自身のキャリア形成を絶賛模索中の羽ばたき前のひな鳥🐤

伴走者

あなたは、一人で悩まなくていい。

鈴木裕介 先生

鈴木裕介 先生

プログラムディレクター

キャリア戦略・メンタリング担当 / 2008年卒

「もりざね先生の器の大きさと、自らを拡張させようとする志の高さに惚れました。一緒に仕事するのが楽しくて仕方ない!」「癒し手(医療職・心理職)が癒されていない」という社会問題を終わらせることを掲げ、臨床・企業講演・執筆など多方面で実践している。

清水真祐子 先生

清水真祐子 先生

プロジェクトマネージャー

トラウマ心理臨床の専門家・産業医 / 2020年卒

カウンセリングを担当。自身がキャリアチェンジした経験を基に、研修生活の不安や葛藤に伴走する。臨床現場で直面する対症療法的な治療モデルへの疑問を大切に、より多くの人の可能性が開かれることを適応課題として立ち向かっている。

初期・後期研修医は、うつや燃え尽きのリスクが高い時期だと知られています。JADOでは心理臨床の専門家が伴走する、心の面のサポート体制を整えています。

未来

高知で得た力は、
どこでも使える。

高知で「正解のない問題の解き方」を身につけたあなたが、次の土地で、目の前の困っている人に手を伸ばす。その輪が、高知から全国へ、次の世代へ広がっていく。

それが、この小さな県で始まったプロジェクトの、大きな野望だ。

あなたが診たい地域は、どこでも。

まずは、会って話すことから。

入局の勧誘はしません。キャリアの迷いの相談だけでも歓迎します。

よくある質問

「高知大学入局」もしくは「総合診療プログラムに登録」しないとダメですか?

いいえ。所属は高知大総合診療部となりますが、義務年限(当直・外勤の縛り)やプログラムへの登録は必須ではありません。

専門を決めていなくても参加できますか?

迷っている方こそ、可能性と考えます。現にプログラムに所属せずに研鑽を積んでいる先生もいます。
※当科では、内科・救急・総合診療プログラムに登録可能です。

総合診療以外のことにも興味があります。

すべてを「総取り」するキャリアを選択してください。仕事もプライベートも、です。目指す方向性を諦めることなく実装する方法を、共に考えましょう。
大学内や県内での他科連携をはじめ、国内外の研修、産業医、企業インターン、起業・副業まで、柔軟なキャリア構築が可能です。

県外からでも参加できますか?

はい。見学の際は一般社団法人 高知医療再生機構から補助金が出ますので、まずは高知に遊びに来てください!
※補助金は一部条件あり

期間はどのくらいですか?

まず1年として入ることを勧めますが、数ヶ月単位でもOKです。働き方も調整します。必要なことに応じてプログラムは個別に設計しますので、まずはご相談ください。